執心2

「今日はどうしますか」

 

美容院で椅子に案内され、鏡の前で尋ねられる。ミルクティーアッシュの髪を高い位置でお団子にしたまつ毛の長い美容師。何故美容師とはいう人種は揃いも揃って学生時代にはスクールカースト上位でした、みたいな雰囲気が出ているのか。ひっそりとした学生生活を送ってきた私は美容師と話す時いつも緊張する。

 

「以前ウルフカットにした時のこの短いやつ。これと同じ長さにしてください。」

 

変なこと言ってないよな、なんて変にビクビクしながらオーダーをする。彼女はにっこり笑って私の注文通りに髪を切っていく。

 

「結構バッサリいくんですね。」

 

失恋ですか?なんて続きそうだなぁと思った私はなんだか古い考えの人間みたいだ。今どき失恋で髪を切る女性なんて居ないのかな。でも、長く伸ばし続けていた髪を切ろうと思ったのは執心を断ち切るためでもあった。

 

「ロングヘアの方が好き」

 

と言った彼の言葉を意識して傷んだ髪を切らなかったのは紛れもなく執着。切られて落ちる髪の毛を見ているのが、私には心地よかった。自分では絶対出来ない風に巻いてくれた新しい髪型にウキウキしながら、店を出て近くのドトールでアイスコーヒーを飲みながら煙草を吸った。マルボロのブラックメンソールは、彼が1度吸っているのを目にして何となく吸い出した銘柄だったが、今では私の常喫煙草だ。こればっかりは変えられないよな、好みだもの。

 

家に帰って簡単に夕食を作った。ベビーリーフの上にねぎ塩で炒めた豚バラ肉を乗っけたズボラメニューに、青ねぎと豆腐の味噌汁。

 

「んん、うまい。」

 

誰もいない部屋で零れる自分の声に、少しの寂しさと同時に誇らしさを感じた。私は1人でも私の機嫌を取ってあげられる。貴方は違うでしょう。今日買ってきた香水を眺めながら、そんなことを考えた。今夜は電話をする予定が入っている。マッチングアプリで知り合った会ったこともない人。来週その人とデートをする。貴方が好きじゃない短い髪で、新しい香水をつけて、新しい服を着て。

 

「ってこんな事考えるなんて、私もまだまだですなあ。」

 

そう呟いて深く吸い込んだ煙草の煙を吐いた。